共感間違いなし!思わずうなずく“ガンダムあるある”7選”

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人気のロボットアニメ「ガンダム」は、長年にわたりシリーズ作品が作られてきました。1979年の『機動戦士ガンダム』を皮切りに、現在に至るまで続くこの巨大シリーズには、ジャンルとしての“ロボットアニメ”という枠を超え、文化として根付いた“お約束”がいくつも存在しています。

一つひとつは作品ごとに異なるようでいて、根底では同じ“型”に沿って物語が構成されているのがガンダムの面白いところです。これらの「あるある」は、時にツッコミどころになりながらも、ファンの間で愛される重要な要素として定着しています。

なぜこれほどまでに「あるある」が繰り返され、しかも飽きられずに受け入れられているのか? それは、単なるテンプレートにとどまらず、そこに“新しい視点”や“現代的なテーマ”が盛り込まれているからです。古い型を踏襲しつつ、そこに時代を合わせて、ガンダムシリーズは常に“今”の物語として再構築されてきました。

視聴者が「またこれか」と思いつつも、つい見入ってしまうのは、ガンダムの「あるある」が単なる繰り返しではなく、作品ごとに意味を持って展開される“文法”のようなものになっているからです。そしてそれを読み解くことが、ファンにとって一つの楽しみでもあります。

この記事では、そんな“ガンダムあるある”の中でも特に代表的で、多くの作品に共通して登場する7つのパターンに注目。それぞれの事例を紹介しながら、その背後にある演出意図や、ファンが感じる魅力を掘り下げていきます。

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目次

偶然ガンダムに乗ってしまう少年たち

主人公が何の訓練もなしにガンダムを操縦してしまう——この展開、見覚えありますよね?

ガンダムシリーズの伝統とも言える“あるある”の中で、最も象徴的な展開のひとつが「主人公が偶然ガンダムに乗ってしまう」パターンです。何の訓練も受けていない、戦争とは無縁のはずの少年が、ひょんなことからモビルスーツの操縦席に座り、結果として戦場に巻き込まれていく——これはまさに初代『機動戦士ガンダム』から続く、ガンダム神話の原点とも言える展開です。

最初の例は、もちろんアムロ・レイ。父が開発に関わっていたガンダムを偶然操作し、迫り来るザクと交戦することになります。以降、『Ζガンダム』のカミーユ・ビダン、『ユニコーン』のバナージ・リンクス、『X』のガロード・ラン、最近では『 GQuuuuuuX』のアマテ・ユズリハも、計画的とは言いがたい形でモビルスーツのコックピットに乗り込み、物語の中心に巻き込まれていきます。

  • アムロ・レイ(初代)…父の設計したガンダムに勝手に搭乗
  • カミーユ・ビダン(Ζ)…Mk-IIを強奪
  • キラ・ヤマト(SEED)…偶然巻き込まれた戦闘で操縦
  • アマテ・ユズリハ( GQuuuuuuX)…コロニー内の戦闘での混乱中にザクから乗り換え

この展開には、いくつかの“意味”があります。まずひとつは、「戦争とは本来、素人すら巻き込む非情なものだ」というメッセージです。普通の少年がいきなり戦場に立たされることで、視聴者にとって戦争がより身近に、現実的な問題として描かれるのです。

もうひとつは、「視聴者の自己投影」です。特に少年層にとって、突然モビルスーツに乗ってヒーローになるという展開は、まさに“夢の体験”。そこには憧れと共感があり、だからこそ多くのファンに強烈な印象を残します。

また、物語構造的には、「主人公が最初は無力である」ことが重要です。偶然の出会いから少しずつ成長していく過程を描くことで、ドラマに厚みが生まれます。この“ゼロからの成長物語”は、ガンダムシリーズの核心にあるテーマの一つと言っていいでしょう。

ただし、近年の作品ではこの“あるある”に変化も見られます。『鉄血のオルフェンズ』の三日月・オーガスは、最初から戦闘要員として育てられていた側面があり、完全な「偶然」ではありません。『水星の魔女』もまた、スレッタのバックボーンには複雑な計画や陰謀が絡んでいます。

それでも、やはり「偶然乗ってしまったことが運命を動かす」構図は根強く残っており、視聴者にとっては「またか」と思いつつも、ワクワクが止まらない展開のひとつです。

ガンダムに選ばれた者たち

機動戦士ガンダムユニコーンでは、ブライト・ノアがバナージに対してこのようなセリフをいいます。

「かつてガンダムに乗った者たちと同じく、君もガンダムに選ばれたのだと思いたい。」
— ブライト・ノア(機動戦士ガンダムUC)

アムロをはじめ、カミーユ、ジュドーといったガンダムパイロットとともに戦ってきたブライトだからこそ言える言葉ですね。

また、ガンダムに乗るのは“偶然”ではなく、“選択”だという深い意味も込められています。

仮面キャラはなぜ登場するのか?

「また仮面か!」とツッコミたくなるほど登場するのが仮面キャラたち。

「ガンダムといえば仮面キャラ」。ファンの間で長らく語り継がれてきた“あるある”の一つです。初代『機動戦士ガンダム』のシャア・アズナブルを筆頭に、『ガンダムSEED』のラウ・ル・クルーゼ、『機動戦士ガンダムUC』のフル・フロンタル、『Gガンダム』のシュバルツ・ブルーダー、『鉄血のオルフェンズ』のヴィダール(仮面の男)、そして『F91』の鉄仮面(カロッゾ・ロナ)など、顔を覆う仮面キャラたちは、シリーズを超えて頻繁に登場してきました。

登場する代表例

  • シャア・アズナブル(初代・逆シャア時は素顔)
  • ミスター・ブシドー(00)
  • フル・フロンタル(UC)
  • モンターク(鉄血)
  • マスク(Gレコ)

✔ 仮面は“正体”や“過去”を隠す演出装置。キャラの信念や復讐心の象徴でもあります。

彼らに共通するのは、「素顔と正体を隠し、過去を持ち、信念のもとに敵対する」という構造です。仮面は単なるコスチュームではなく、“何かを隠している”ことの象徴であり、視聴者に謎を与え、物語の深みを演出するための演出装置でもあります。

たとえば、シャアはザビ家への復讐と野望のために仮面を被り、自らの正体を隠しつつ連邦に対抗。続くラウ・ル・クルーゼもまた、その正体に大きな秘密を持ち、仮面を通じて狂気と宿命を強調するキャラクターとして描かれます。彼らの存在が、主人公との関係性に複雑な影を落とし、ドラマを強く牽引するのです。

また、仮面キャラの多くは「主人公との対比」を強調する役割を担っています。表情を見せないことで感情の読めなさや冷徹さを印象付け、同時にどこかで理解し合えそうな“共鳴”も潜ませています。この「敵なのに共感できる」構図が、物語に深みと緊張感を与える要因です。

そして何より、仮面キャラが仮面を脱ぐ時——その正体が明かされる瞬間は、ガンダムシリーズにおいて最もドラマティックな展開の一つです。過去、因縁、宿命、そして選んだ戦いの意味が一気に浮かび上がるその瞬間は、多くの視聴者の記憶に深く刻まれています。

仮面キャラの存在は、単なる演出以上に「ガンダムとは何か」というテーマに直結しています。彼らの葛藤や信念、そして隠された素顔は、ガンダムシリーズを語るうえで欠かせないピースなのです。

また、シリーズによってはマスクではなく、サングラスのキャラクターもいました。Zのクワトロや、∀のハリー、ビルドファイターズのメイジンなどです。

ライバル機が赤いのはシャアだけじゃない

「赤い機体=速い=強い」──この図式をガンダムファンに刻み込んだのは、言うまでもなく“赤い彗星”ことシャア・アズナブルの存在です。初代『機動戦士ガンダム』で登場したシャア専用ザクIIは、通常のザクよりも“3倍のスピード”で動くというインパクトとともに、彼の象徴的なイメージを作り上げました。
この「赤いライバル機」というモチーフは、その後のガンダムシリーズでも繰り返し登場し、すっかり“あるある”の一つとして定着しています。

たとえば、『逆襲のシャア』では再びシャアが赤いサザビーで登場。『サンダーボルト』のサイコザク、『ユニコーン』のフロンタルがかるシナンジュなどが該当します。MSではありませんが、『F91』のラフレシアもそうですね。

これはアナザーガンダムでも多く見受けられ、『機動戦士ガンダムSEED』のアスラン・ザラが搭乗したイージスガンダムやジャスティスガンダムもピンク~赤系統のカラーでライバル的存在感を放っています。『機動戦士ガンダム00』では、アリー・アル・サーシェスのアルケーガンダムも赤系の塗装がされています。

『AGE』ではゼハート・ガレットのゼイドラも赤い機体であり、後に登場するガンダムレギルスはトリコロールカラーから赤へと変更されました。

また、他のライバル機体でも、赤に近いカラーが使われていることが非常に多いです。『G』に登場するマスターガンダム、『W』のガンダムエピオン、『X』のガンダムヴァサーゴなど。

この赤い機体の“あるある”には、いくつかの理由があります。

まず、視認性が高いこと。戦場の混乱の中でも、赤い機体は一目で「特別な敵」「強敵」として認識しやすく、映像作品としての演出効果が非常に高いのです。特にアニメでは色彩によるキャラクター付けが重要であり、赤は強さ・情熱・危険といったイメージを自然に連想させます。

次に、キャラ性の象徴として赤が用いられる点です。赤い機体に乗るパイロットは、基本的に感情表現が豊かだったり、信念や執念を持った人物が多い傾向にあります。シャアをはじめ、アスランやアンジュなど、熱い内面を抱えたキャラが赤系機体に乗ることは多く、色によって性格や立場を強調する演出としても機能しているのです。

さらにメタ的に言えば、赤い専用機は商品としても魅力的です。ガンプラや各種フィギュアでは、ライバル機が主役機とは異なるカラーリングで売り出されることで、コレクション性を高める効果もあります。「赤=特別感」を持たせるのは、視聴者の購買意欲をくすぐるマーケティング戦略のひとつでもあるわけです。

ただし、シリーズが進むにつれて、「赤=ライバル機」という図式もバリエーションを見せ始めます。『鉄血のオルフェンズ』では敵側のグレイズ・アインやキマリスが青や白で登場し、カラーだけでは立場を表現しきれなくなってきているのも事実です。にもかかわらず、どこかで「やっぱり赤いと強そう」という印象は根強く、視聴者の記憶に色濃く残るのです。

赤いライバル機は、もはや一つの“儀式”です。シャアが打ち立てた「赤い彗星」という伝説を背負いながら、新たな世代のキャラクターたちがそれに応えるように登場し、戦い、そして散っていく。ガンダムシリーズにおいて赤い機体は、強さと宿命の象徴とも言える存在なのです。

ライバルが搭乗する赤い機体の一例

  • サザビー(逆シャア)
  • イージスガンダム(SEED)
  • ゴトラタン(V)
  • ザクアメイジング(ビルドファイターズ)

赤は強さと情熱の象徴

強化人間の末路が切なすぎる問題

ガンダムシリーズを語る上で欠かせない存在のひとつが「強化人間」です。ニュータイプに対抗するため、人工的に調整・改造された人間である彼らは、戦争の犠牲者であり、物語における“悲劇”の象徴です。

シリーズにおいて強化人間に与えられる役割は、残酷なほどに一貫しています。
それは「高い戦闘力を持ちながらも、最終的に命を落とす」こと。
彼らの多くは自我や記憶を操作され、兵器として利用され、最後には“消耗品”のように使い捨てられる運命にあります。

こうした強化人間の“死に方”は、どれもドラマティックであると同時に、救いがほとんどないことが特徴です。

『ZZガンダム』ではプルプルツーが登場します。明るく天真爛漫なプルはジュドーとの絆を深めるも、戦いの中で死亡。後に登場するプルツーもまた、コピー体としての宿命に抗いながら、悲劇的な最期を迎えます。彼女たちは“心を持つ兵器”として登場し、視聴者に「これはもう子どもじゃないか」と衝撃を与える存在でした。

他シリーズでも、強化人間は必ずといっていいほどによって物語を締めくくられます。
『SEED DESTINY』のステラ・ルーシェは、シン・アスカとの心の交流が描かれた矢先に命を落とし、その死が物語全体に大きな影を落とします。
『ガンダムUC』のマリーダ・クルスは、プルトゥエルブとしての過去を背負いながら戦い、人としての誇りを取り戻しかけたところで命を散らすという壮絶な最期を遂げます。

こうした「強化人間=最後は死ぬ」という構図は、ガンダムにおける最も重く、救いのないあるあるのひとつです。

その死が示すのは、戦争の非人道性だけでなく、人間の尊厳が奪われることへの強烈な批判です。
強化人間は、高い能力と引き換えに、選択の自由も未来も奪われた存在。
「彼らはもっと普通の人生を送ることができたはずだった」と、視聴者に思わせる演出は、ガンダムが戦争の残酷さを描くリアル系アニメとしての本質に深く根差しています。

近年では一部に生き残る強化人間も登場するようになりましたが、それでも多くはその生涯を戦場で終えます。
“強化人間は報われない”という図式は、まさにガンダムの根底に流れるテーマの一部として、いまなお語り継がれています。

悲しすぎる代表キャラ

  • フォウ・ムラサメ(Ζ)
  • ロザミア・バダム(Ζ)
  • エルピー・プル(ZZ)
  • ステラ・ルーシェ(SEED DESTINY)
  • マリーダ・クルス(UC)

多くは戦場で命を落とす悲劇的な運命に。ガンダムの“戦争は非人道的である”というテーマを体現しています。

結婚の約束は死亡フラグの定番

ガンダムシリーズにおける「あるある」の中でも、視聴者が最も身構えるシーン——それが「結婚しよう」や「必ず帰ってくるよ」といった未来の約束を交わす場面です。


これらのセリフが登場した瞬間、「あっ……」と察してしまうファンも多いのではないでしょうか。ガンダムにおいて、結婚や恋愛の約束=死亡フラグという構図は、ある意味でシリーズの定番中の定番。希望に満ちた言葉の直後に待っているのは、あまりにも残酷な現実なのです。

もっとも象徴的な例のひとつが、初代『機動戦士ガンダム』のマチルダ中尉スレッガー・ロウ
マチルダはアムロたちの癒やしの存在として登場しながらも、補給任務の中で戦死。スレッガーはミライ・ヤシマとの間に未来を感じさせる描写の直後、ビグ・ザムへ特攻し命を落とします。

また、黒い三連星との戦いでガンダムをミデアで援護し、戦死したマチルダ。彼女には婚約者のウッディがいましたが、彼はジャブローでアムロとシャアの戦闘に割って入りますが、こちらも撃破されてしまいます。

『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』でも、同様の展開が見られます。シーマ・ガラハウとの政治的取引の影で、アナベル・ガトーは故郷を背負い、決死の作戦に身を投じる。一方で、コウ・ウラキニナ・パープルトンの関係も、敵味方を越えた愛と裏切り、そして別れという形で幕を下ろします。

『ガンダムSEED DESTINY』では、シン・アスカステラ・ルーシェの関係が切なく描かれます。ほんの一瞬でも心を通わせた二人の未来は、儚い幻想に終わりました。彼女の死が、シンにとっての大きな転換点となるのは、ガンダムシリーズにおける“約束された死”の構図そのものです。

そしてこの“あるある”は、パイロットだけに限りません。
『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』では、三日月・オーガスクーデリアの間に明確な「恋愛」や「結婚」の約束はなかったものの、戦いが終われば一緒に歩める未来を感じさせる描写がありました。しかし、それもまた実現することはなく、三日月は最期まで戦い抜いて命を落とします。

こうした展開は、ガンダムにおける戦争の現実性と非情さを強調するものでもあります。
未来の約束があるからこそ、死の重みはより一層深くなり、視聴者に「これが戦争なのだ」と痛烈に訴えかけてきます。
「愛」や「日常」が描かれるのは、決して希望を見せるためではなく、それが一瞬で崩れ去る“残酷さ”を演出するためなのです。

また、この死亡フラグは視聴者にとっての“伏線”としても機能します。
ガンダムファンは経験的に、「おい、フラグ立てるな…!」と心の中で叫びながらも、その展開を止められず見守るしかない。そうした一種の“儀式”のような流れが、シリーズを通して受け継がれているのです。

恋人との約束、家族との再会の希望、平和な未来への祈り——
それらがことごとく打ち砕かれていく中で、ガンダムという作品は「戦争において守れるものはほとんどない」という現実を突きつけてきました。
だからこそ、ガンダムにおける“結婚フラグ”は、もっとも哀しく、もっとも象徴的な「あるある」と言えるのです。

ガンダム史に刻まれた“死亡フラグ”

  • マチルダ中尉 & スレッガー・ロウ(初代)
  • オリファー・イノエ(V)
  • レミ・ルース(AGE)

✔ なお、パトリック・コーラサワー(00)はすべての死亡フラグをへし折り、結婚に成功して幸せになりました!

2号機はなぜ毎回奪われるのか?

ガンダムシリーズの「あるある」の中でも、ファンの記憶に深く刻まれているのが「2号機は奪われる」という現象です。

特に物語序盤〜中盤にかけて、「このままじゃ2号機、誰かに盗られるな…」と察してしまうような展開は、ガンダムにおける定番中の定番。作品の垣根を越えて登場するこの構図は、今や伝統芸ともいえるでしょう。

■ 最も有名な例:GP02Aの強奪

この“あるある”を強く印象づけたのは、やはり『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』。
ガンダム試作2号機(GP02A)は核兵器を搭載可能な重装甲MSでしたが、ジオン残党のアナベル・ガトーによって連邦基地から奪取されます。
その場にいた主人公のコウ・ウラキは、奪われた2号機を追うためにガンダム試作1号機に乗るという王道展開へ。

このエピソードは、「味方の最新鋭兵器が敵の手に渡る」ことの衝撃だけでなく、「1号機と2号機が敵味方として激突する」というシンボリックな構図で、視聴者の心を掴みました。


■ アニメ本編にも多数存在する“奪取・強奪・乗り込み”の2号機たち

  • 初代ガンダム(RX-78-2):主人公アムロ・レイが勝手にコクピットに乗り込み、戦うことになった経緯は、ある意味“自発的な強奪”ともいえる初期の象徴的展開。
  • ΖガンダムのガンダムMk-II:ティターンズの基地からカミーユ・ビダンが強奪。3機のうちの2号機に乗って戦場へ。最終的に3機ともエウーゴの元に。
  • ガンダムDX(X):旧連邦のガンダムXの2号機データを元に作られたダブルエックスが、主人公側に渡る特殊な“引き継ぎ型”の展開。

■ 外伝・ゲーム・OVAでも“2号機の不遇”は健在

  • ブルーディスティニー2号機:ジオン残党のニムバスに奪われ、EXAMシステム同士の戦いを象徴。
  • ネオガンダム2号機:ネオジオンが鹵獲し、連邦の象徴が敵に回る構図を強調。
  • F90 2号機:火星独立ジオン軍に奪われ、地球連邦の主力機が敵に回る展開。
  • クロスボーン・ガンダムX2:宇宙海賊クロスボーン・バンガードのザビーネが操縦。木製側に寝返る。

■ アナザー&スピンオフでも“奪われた2号機”の系譜は続く

  • ガンダムスローネツヴァイ(00):不安定な組織ソレスタルビーイング内で独自行動を取るガンダムの一機として、逸脱・危険の象徴に。
  • 『ジーク・アクス』のRX-78-2:象徴的存在である初代ガンダムそのものがシャアに奪われるという衝撃の展開も。ナンバリングに関係なく、象徴的MSが敵に回るというインパクトを残しました。

2号機が“何者かに奪われる”“正規のパイロット以外が乗る”“敵に利用される”という展開は、ガンダムの物語に緊張感とドラマを生み出す定番演出。
シリーズを超えて繰り返されるこのモチーフは、もはや一つの“文化”とすら言える存在感を放っています。

奪われる2号機のみなさん(一例)

  • GP02A(0083)…ジオンに強奪され核使用
  • ブルーディスティニー2号機(戦慄のブルー)…ジオンにより奪われる
  • ガンダムジェミナス02(G- UNIT)…戦闘中に行方不明。敵側に強化改修されて登場。
  • エクリプスガンダム2号機(SEED ECLIPSE)…1号機の救援の際に敵側に奪取される。

大量破壊兵器の倫理と物語性

ガンダムシリーズに登場する「大量破壊兵器」は、単なる火力の象徴ではなく、常に倫理・人道・政治・歴史と深く結びついた物語装置として描かれてきました。モビルスーツによる戦闘を超えて、「人間はどこまで力を持っていいのか?」「その力を誰が管理するのか?」といった問いを突きつけてくる存在です。

初代『機動戦士ガンダム』では、ジオンが用いたコロニー落とし(ブリティッシュ作戦)が物語の出発点にあります。地球にコロニーを落とすという行為は、都市ひとつを消し飛ばす以上のスケールで、世界全体のバランスを崩壊させる破壊的行動。その凄惨な被害は、以降のシリーズでも何度も言及され、人類の愚かさを象徴する事件として語られます。

他にも、『∀ガンダム』における月光蝶や、『ガンダム00』の巨大レーザー砲「メメントモリ」による集団兵器制圧など、単なる物理的な破壊を超えたスケールの攻撃手段が登場します。特に月光蝶は「ナノマシンで文明を滅ぼす」という、兵器というより“終末装置”に近い存在。これらの兵器は、物語上で「科学の進化=人間の進化」を問う哲学的なテーマにもつながっています。

『機動戦士ガンダムSEED』では、核兵器とそれを封じるニュートロンジャマーキャンセラーが登場。抑止力のバランスが崩れた瞬間に、各陣営が再び大量破壊兵器に手を出すという構図が描かれ、「核の時代に人類が学ぶべきこと」をフィクションとして訴えかけてきます。
また、後半では“ジェネシス”という核エネルギーを使用したガンマ線レーザー砲が発射され、地球連邦の40%を一瞬で吹き飛ばすという、まさに恐怖による和平の強要が物語化されています。基地内の女性オペレーターが風船のように膨らみ爆発していくのはトラウマです。

一方で、『鉄血のオルフェンズ』では、過去の戦争で使用されたダインスレイヴ(レールガン兵器)が戦争のルールを無視する存在として描かれます。強すぎる兵器が持つ「使ったら終わり」という性質と、「勝つためには手段を選ばない現実主義」の対立がクローズアップされ、倫理観が極端に揺さぶられる戦いが展開されます。

ガンダムにおける大量破壊兵器は、戦力バランスを崩すだけの“やばい装備”ではありません。
それはしばしば、「どの時代でも繰り返される愚行」であり、物語の中核にあるテーマそのもの。
兵器が人を守るのではなく、人を滅ぼす可能性があるという現実を、架空の未来を通じて何度も私たちに突きつけてくるのです。

代表兵器とその役割

兵器名作品特徴・役割
コロニー落とし初代他戦争の始まり
月光蝶ナノマシンで文明を根絶
エンジェル・ハイロゥV昏睡状態を起こす精神干渉兵器
デビルガンダムG自己再生、増殖、進化する怪獣

ガンダムあるあるは笑いと考察の宝庫

「偶然ガンダムに乗る」「仮面キャラが現れる」「赤いライバル機が強い」──
こうした“ガンダムあるある”は、ファンにとって笑って頷けるネタでありながら、実はシリーズ全体のテーマや構造を支える重要な要素でもあります。

強化人間の悲劇、結婚の約束という死亡フラグ、そして奪われる2号機や巨大兵器の暴走。
どれも使い古されたテンプレートに見えますが、作品ごとにその意味は変化し、時代背景や作者の問いかけが重ねられることで、ただの“お約束”にとどまらない深みを持っています。

それゆえ、同じ「あるある」を見ていても、視聴者はそれを懐かしむだけでなく、「今回のガンダムは何を語ろうとしているのか?」と考えるきっかけになります。
そして時には、その“お約束”すら覆すキャラクターが登場する──たとえばパトリック・コーラサワーのように、あらゆるフラグを跳ね返して結婚まで辿り着いた男もいるのです。

ガンダムシリーズは、繰り返す“型”の中にこそ、時代の問いや人間の愚かさ、希望や愛を描いてきました。
だからこそ、“あるある”を知ることは、作品の核心に迫ることでもあるのです。

新たなガンダム作品を観るときは、ぜひこれらの“あるある”に注目してみてください。
きっとその裏に、また新しい意味や解釈が隠れているはずです。

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